土壌学研究室ゼミ2                    1997.10.3                                   程 為国           

研究計画報告

基質誘導呼吸法による水田土壌における細菌と糸状菌のバイオマスの定量

 

1、研究目的

水田土壌の特徴としては2種類の意味があると考えている。一つは水稲の栽培期間中の湛水土壌の特徴で、もう一つは落水後にも残っている特徴である(山根一郎、水田土壌学)。特に、水田では酸化還元電位が低いため、畑とは違った嫌気性微生物による代謝活動がある。これまで、水田土壌のバイオマスについていくつか報告があったが、落水後土壌を用いた研究が多く、湛水土壌を用いた研究が少ない。ところで、土壌中微生物のバイオマスの主たる構成者は糸状菌および細菌である。糸状菌と細菌は菌体組成や有機質の分解速度や同化率などが違っているため、土壌地力の変化に及ぼす影響や役割は違っていると考えられる(坂本、1995)。しかし、水田土壌における細菌と糸状菌のバイオマスの定量についての研究はまだ少ない。水田土壌での細菌と糸状菌のバイオマスを分けて定量することは実験操作に労力と熟練技術が必要となる直接検鏡法を除いて、抗生物質の添加による基質誘導呼吸法しかない。ここでは、細菌と糸状菌に対する抗生物質を用いて、湛水前後の土壌の呼吸量から細菌と糸状菌のバイオマス炭素を分別定量することを各種条件で試みて検討する。

 

2、水田土壌微生物フロラから細菌と糸状菌のバイオマスの定量の可能性をみる

いままで湛水中土壌の微生物フロラのデータはまだ十分ではないが、湛水前あるいは落水後の微生物フロラによる非湛水期の糸状菌バイオマスは細菌バイオマス量の 7080%であると推測される(石沢、1964)。これはかなりの量になると認められる。湛水中土壌では以下の現象から糸状菌がよく存在すると認められる。

1)水稲田の病害を起こす病原微生物の中に病原体のvirusをのぞいて、糸状菌の病原微生物が細菌病原微生物より多い(植物病理学)。

2)湛水中水田土壌でも糸状菌である菌根菌が水稲と共生して存在していると認められた(平田、1995)。

3)今回、Dr.Chanderと共同実験では、人工気象器で培養した湛水土壌の水表層に糸状菌が広く生長したことが見られた。

細菌については水田土壌中に嫌気性細菌が多いのに、その中に酸化条件の下で呼吸作用を行う通性嫌気性細菌が優占しているが、絶対嫌気性細菌の量が全細菌量の1/10〜1/100しかないと認められる。したがって、呼吸法によって水田土壌の細菌バイオマスを定量することができると考えられる。

 

3、基質誘導呼吸法の原理とその由来

土壌中に休眠しているものも含めて生きている微生物は基質(グルコース)の添加により生育が誘導され最初の1〜6時間呼吸反応速度が増大している。この最大の呼吸量から土壌中の微生物バイオマスを定量するのが基質誘導呼吸法(SIR法)の基本原理である。Andersonらは1973年に抗生物質を用いて基質誘導による畑土壌の糸状菌と細菌の呼吸比について報告した。その後、1976年にJenkinsonらにより土壌バイオマス定量の燻蒸培養法(FI法)が開発された。1978年にAndersonらは各土壌を用いてFI法とSIR法を比較して、高い正相関があると認められた。いままでのところ、基質誘導呼吸法の原理を利用して以下のような種々のSIR法が開発された。

1)Andersonらのグループでは固体のグルコースがtalcum powder(乾土壌の0.5%)と混ぜて、2210日培養した土壌中に添加し、Ultragas3 CO2 analyzerをもちいて定量(1978

2)West and Sparlingのグループでは液体のグルコースを土壌中に添加し、水:乾土=2:1にする。25℃培養後、0.5時間と5時間にvesselsからサンプリングして、ガスクロマトグラフィー(GCを用いて定量(1986

3) W.Cheng and Colemanのグループでは流動空気パンプを用いてNaOHによる CO2 をトラップして定量(1989

4)Q.Lin and Brookesのグループでは修正したWest and Sparling法、つまり、液体のグルコースを土壌中に添加し、振動培養しながらガスクロマトグラフィーを用いてCO2 を定量(1996

以上より、方法1)はグルコースが溶解されないので、微生物がグルコースを利用できなく、高糖毒害が生成する場合がある。方法2)は土壌の水分状態が微生物呼吸の最適状態にならない場合もある。方法3)は作業にむずかしさがある。

いずれにせよ、基質誘導呼吸法は快速や便利など長所があるのに、土壌の水分とpHに影響されやすい短所もある。これは基質誘導呼吸法が燻蒸抽出法や燻蒸培養法やATP法などより広く応用されない理由と考えられる。水田土壌にとって、特に湛水中水田土壌は水分含有量の高い特徴があり、基質誘導呼吸法の応用がもっとむずかしいと考えられる。

 

4、本研究の着眼点

本研究では、細菌と糸状菌の抗生物質を用いて、基質誘導呼吸法による湛水前後および湛水中水田土壌の細菌と糸状菌の呼吸量あるいは呼吸速度から細菌と糸状菌バイオマス炭素を定量することを目的として検討する。今回の研究実験では基質を添加し調整した土壌サンプルをフラスコに入れ、密封後30℃培養し、定時にガスをとり、GCを用いてCOD 2D を測定する。したがって、以上に紹介したいくつかの方法と水田土壌の特徴から総合考察すると、以下の点に着眼すると考えられる。

1)水田土壌、特に湛水中水田土壌が微生物呼吸できる最適状態に水分含有量を調整する。栄養がなく水分を吸収できる無機あるいは有機資材(たとえば、細かいシリカゲルあるいは高吸水性ポリマーなど)を調べて検討する。

2)今までの方法は基質添加後1〜6時間内に微生物バイオマス自身の呼吸量からバイオマス量を求める。しかし、基質添加により微生物細胞が増殖し、呼吸量も増加つつけるので、呼吸量ではなく、呼吸加速度から基本微生物量を求めることができると考えられる。ここでは、定時に呼吸量をはかって呼吸加速度を求める。

3)土壌の酸化還元電位が下がらないため、実験前にはフラスコの中に酸素を添加して検討する。

4)グルコース以外の基質として、アミノ酸とグルコースを同時に添加することも試みたいと考える。

 

主要な参考文献

J.P.E..Anderson and K.H.Domsch (1973) Quantification of bacterial and fungal contributions to soil respirration. Arch.Mikrobiol. 93, 113-127

J.P.E..Anderson and K.H.Domsch (1978) A physiological method for the quantitative measurement of microbial biomass in soils. Soil Biology and Biochemistry. 10, 215-221

A.W.West and G.P.Sparling (1986) Modifications to the substrate-induced respiration

method to permit measurement of microbial biomass in soils of differing water contents. Journal of Microbiological Methods. 5, 177-189

Weixin Cheng and D.C.Coleman(1989) A simple method for measuring CO2 in a continuous air-flow system:  modifications to the substrate-induced respiration technique. Soil Biology and Biochemistry. 21, 385-388

Q.Lin and P.C.Brookes (1996) Comparision of methods to measure microbial biomass in unamended,ryegress-amended and fumigated soils. Soil Biology and Biochemistry. 28, 933-939