2002.9.25

野外活動における安全の心得

生物環境学科 林田光祐

 野外での実験・実習や卒論・修論のための野外調査は、室内での実験と異なり、より危険性が高いと考えられます。しかし、その危険性に対する私たちの認識と安全対策は必ずしも十分であるとは言えません。特に,学生・院生の皆さんに対する啓蒙活動がおろそかになっていると感じています。

 調査・実習中だけでなく,調査に向かう途中も含めて,思わぬ事故に遭遇することがあります。指導教員が同伴していない場合には,学生の皆さんは自らその場で適切な判断が求められます。また,自然は危険の塊であるからといって,自然の脅威に対して恐れていては、自然を理解することはできません。そこで、野外活動を安全に行うための慎重で万全な準備が望まれます。

 ここでは,野外調査でどのような危険があるのか,それを避けるためには,あるいは遭遇した時の対策にはどのような心構えと準備が必要かを書き出してみました。参考にして,安全で快適な野外調査を続けて下さい。

 

1、危険性の認識

・野外調査は安全な活動か? 

 山岳部やワンダーフォーゲル部などのサークル活動では,登山計画は綿密で、安全対策は準備の段階で万全を期することになっている。結果オーライは許されない。これらの活動と比較すると、野外調査では安全に対する認識と対策に時間やエネルギーを割いているとは言いがたい。

 では野外調査の場合は、冬山や縦走登山と異なり、本当に安全なのだろうか? 確かに調査対象のフィールドは比較的民家に近い低山や車で近くまで行ける場所がほとんどである。しかし、一般の登山と比較するとかえって危険である条件も多いことに気づく。

 ひとつは、人数の問題。多人数で調査する場合もあるが、少人数とくに一人で出かける場合があること。これはどのような場所であろうと何かあった場合には非常に危険である。

 ふたつ目は、人通りや交通量の少なさ。普段は人気のないところが調査フィールドとして良い条件である場合が多い。それが逆に危険を生み出すことになる。

 みっつ目は、登山と異なりその場所に行く以外の目的で行くのであり、目的地で調査を行うので、調査に没頭すると帰路の条件が悪化する可能性が極めて高い。

 野外調査の場合、天候に左右され、環境が常に変化していることを認識しないといけない。毎回が最初の調査と同じような慎重さが必要である。また、少しでも危険を感じたら、調査を中止する勇気を持つ必要がある。危険を犯してまでも調査をしてはならない。

 

2、自分の安全管理

 学生・院生の皆さんは大人である。十分に危険性に対して認識できる年令であると世間からは想定されている。したがって、大学の教育の現場で事故に遭遇した場合、大学の管理責任も問われるが、事故の状況によっては事故に遭遇した者の責任となる場合も当然あり得る。自己管理は各自責任もって行うこととし、特に以下のことに注意する。

(1)体調に十分注意を払う。風邪、寝不足、二日酔い等で体調が十分でないときは注意力が散漫になり事故につながる。

(2)野外調査に相応しい服装をすること。長袖、長ズボン、靴、帽子などその時の目的地や天候に応じたものを着用する。

(3)学生教育研究災害傷害保険に加入する。 自家用車を調査に使用する場合には必ず任意保険に加入する。

(4)細心の注意を払って調査を行い、決して恐怖心をもたないこと。

 

3、調査にあたっての心得

(1)野外調査にあたっては、事前に計画打ち合わせを綿密に行う。事前に、調査届出表に調査地とメンバー、帰室予定時間、調査内容を記入して研究室に掲示しておく。

(2)調査で使う道具などは事前に点検準備し、出発時に再確認してから調査に出かけること。

(3)原則的に2名以上で行動をとる。3名以上で調査することが望ましい(重大な事故に遭遇した場合に遭遇した人に対し処置をする人、緊急連絡をとりに行く人が必要である)。やむを得ず単独で出かける場合は、準備や届出、連絡などに細心の注意を怠らない。

(4) 毎回が最初の調査であると自覚して慎重に行動すること。

(5) 水際の調査においては、水没など重大な事故に遭遇する可能性があるので、安全ロープ、救命具の準備など最大限、注意して行動をする。 河川での胴長靴の使用を原則禁止する。やむを得ない場合、救命具を着用して使用する。

 1998年信州大学で、水深30〜40 cmの河川で胴長靴を着用して調査中、溺死事故が起きている。滑って転倒すると水が胴長靴の中に入って起きあがれず、重大事故につながった考えられる。胴長靴を着用し、救命具をつけて溺れる実験では、救命具をつけていれば水没する事がなく生命の危険は小さい。しかし流れがある場合は胴長靴に水が入ると起きあがりにくい。

 

4、安全対策

1)保険

 当然事故を起こさないように注意することが肝要であるが、それでも事故に遭遇する場合があり得る。事故後の対策として保険に加入しておくことは重要である。

 山形大学農学部の場合、院生を含めて全員が学生教育研究災害傷害保険に加入している。どのような場合に適用されるか「学生生活の手引」に書いてあるので、必ず確認しておく。

 自家用車を調査に使用する場合には、必ず自動車任意保険に加入する。特に同乗者に対する保障、ドライバー制限など細かい点を同行者相互にチェックしておく必要がある。

 もし遭難した場合には莫大な費用がかかることをご存じだろうか。このような場合に,救援者費用が支払われる保険もある。山岳保険やハイキング保険である。森林生態管理学研究室ではハイキング保険に加入するようにしている。野外調査でも適用できるとの保険会社の説明であるが、実際にそのような事例があるわけではない。その先例にならないように注意したい。

  

2)届出

 調査などの目的で野外に出かける時に誰かに目的地を知らせておくことは大変重要である。卒論や修論での調査の場合,各研究室の決められた方法に従えばよいが,個人的に出かける場合は,どこにも知らせずに出かけないように注意が必要である。

 森林生態管理学研究室では,調査に出かける場合、調査責任者は毎回所定の調査届出用紙に、調査地とメンバー、帰室予定時間、調査内容を記入して研究室に掲示しておくことを義務づけている。研究室に帰ったら直ちに掲示した届出用紙を保管場所へ移動し,予定時間より遅くなる場合はできるだけ早い時間に連絡するようにしている。万が一、帰室予定時間を過ぎても何の連絡もなく、研究室へも自宅へも戻っていないことが判明した場合には、直ちに指導教員に連絡し、対策をとることになっている。

 

3)装備

 各自が持参する安全に関する装備としては、地図、磁石、救急用品、懐中電灯、非常食など調査地や調査内容に応じて異なるが、ここにあげた装備はどのような場合にも持参するように心がける。

 携帯電話は通信範囲が広がり、フィールドでも通話可能な場所が増えてきた。そのような場所では、緊急時には役に立つ装備のひとつである。しかし、奥深い山や沢の中などでは使えないことも多い。自分の調査フィールドではどのあたりまで通信可能なのかを事前に把握しておかなければ、いざという時に使いものにならない。過信は禁物である。

 調査責任者は、各自が持参する以外の研究室装備の救急用品を持参し、調査に応じた各自の持参すべき装備品を調査同行者に指示する。

 

4)危険な生物

 潜在的に最も危険な生物はヒトである。特に単独での調査の場合は注意を要する。こちらが意識していなくても、盗掘などの犯罪を犯している場面に遭遇したときに相手が見られたと判断した場合には危険である。どのような人間にも警戒を怠らないことが重要である。

 襲われる確率が最も高い生物はハチ類である。スズメバチなどの大型のハチが近づいてきた場合には、じっと動かないことである。手を振って追い払おうとするときわめて危険である。たとえ身体に止まってもじっと動かないでいれば刺されることは滅多にない。また一定以下の動きには認知することができないので、そっと動いて退避するかゆっくりとしゃがむ。白っぽい服よりも黒っぽい服をより多く攻撃するため、できるだけ白っぽい服を着ることが予防になる。巣に気づかずに近づいた場合には集団の攻撃にあう。スズメバチであれば攻撃の前にカチカチと音をたてて数匹で威嚇してくるので、気づいたら直ちに巣から離れなければならない。無視すれば集団で襲ってくる。襲われたら頭上で衣類などを振り回して、ハチの攻撃をそちらに向けながら逃げるしかない。刺す前に身体に止まるのでA払い落とすのではなく平手でたたきつぶすように強くたたいた方がよい。刺されたら、すぐに吸引器で毒を吸い取るとその後の症状が緩和されるので、できるだけ速やかに吸引する。吸引器がない場合には、傷口を流水中で洗うか濡れ手ぬぐいをあてる、湿布などで局所を冷やしながら医者に行く、抗ヒスタミン剤含有のステロイド軟膏を塗布するなどの手当がある。ショック症状が起きた場合には速やかに医者の手当を受けるしかない。

 マムシは一般にはおとなしく攻撃することは少ない。したがって、手で触ったり、踏んだりしないように注意していれば咬まれることはない。長靴や長袖などできるだけ肌を露出しないことが予防になる。万が一咬まれた場合には、それがマムシやヤマカガシかどうかを確かめることである。これらの毒ヘビに咬まれた場合には、慌てずに医療機関へ行くこと。何時間経ってもまず死ぬことはないので、落ちついて歩く。走ったりすると毒の作用を助けることになる。切ったり、縛ったり、冷やしたりせずに速やかに医者へ行くことが最も適切な対処法である。ただし、医者に行くまでに時間がかかるような場合には、吸引器で毒をできるだけ吸い出すことがその後の症状を軽くすることになるので、吸引器を持っている場合には咬まれた直後に使用する方がよい。

 その他、ツキノワグマ、ニホンザルなど危険な動物にはバッタリ遭わないように注意しておくことが必要。また、ウルシなどのかぶれには体質にもよるので自覚しておくこと、毒きのこや有毒植物を食さないことは言うまでもない。

 

5)応急手当

 万が一事故にあった場合、被害者に対して適切な処置をするとともに、救急応援を頼む。救急車の出動を要請しても救急車が現場に到着するまでに要する時間は市街地に近い場所でも5〜6分といわれている。一方、脳が酸素なしで生きられる時間は健康な人でも僅か3〜4分と言われている。そのため、救急隊が到着するまでの数分間が負傷者の将来にとって重要な意味を持つ。できるだけ早く人工呼吸や心臓マッサージを実施し、脳に酸素を送らなければならない。事前に、消防署の救急訓練、心肺蘇生法などの救急訓練を受けておくことが望ましい。

 

6)事故の報告

 野外調査において、何らかの事故あるいは事故になりかけた場合には必ず指導教員および研究室のメンバーに報告する。事故を未然に防ぐことが重要であることを認識して些細なことでも報告するようにする。

 



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