平成27年度 帰国外国人留学生研究指導事業
Fellwo-Up Research Fellowship for FY2015

 
「帰国外国人留学生研究指導事業」とは,日本学生支援機構(JASSO)が行っている事業の一つで,「留学を終え、自国の大学や学術研究機関で教育、研究活動に従事している帰国留学生に対し、我が国における留学時の指導教員を現地に派遣し、研究指導等を実施する」ことを目的としています.今回,当研究室では,2013年度に学位を取得したDr. Thanidchaya Puthmeeさんへの研究指導申請が採択されたため,平成28(2016)年1月4〜14日にかけて現地指導を行ってきました.また,期間中,本学部が国際交流協定を締結し,学生交流実績のあるキングモンクット工科大学トンブリ校,カセサート大学理学部,同大学農学部カンペンセーン校も訪問し,3大学と日本との国際共同研究や学生の相互交流についての意見交換や学部紹介,JASSOプログラムの紹介等を行いました.
 Puthmeeさんが日本で学位を取得し,帰国後就職することになったラジャマンガラ工科大学タワンオク校は,タイの中でも比較的新しい国立大学で,農学関係では日本の大学との交流協定もまだ締結していないそうです.学部の規模は私達の農学部より少し大きい程度ですが,大学は3年と4年のコースに分かれており,大学院は修士課程までしかありません.

            
     【左】ラジャマンガラ工科大学タワンオク校の正門
     【右】実験室.分光光度計やドラフト,果実の冷蔵室等の設備はある程度整っている.


 キャンパスは全部で4つあるので,全体としては規模の大きな大学ですが,Puthmeeさんが勤務することになったタワンオク校は,バンコクから約100kmのシラチャーという街にあります.この街は外資系企業,中でも特に日本企業の進出が多い街で,沢山の日本人が住んでいますが,所謂観光地ではないので日本人旅行客に会うことは殆どないと思います.シラチャーから南に30kmほど行くと,日本でもおなじみのパタヤビーチがあり,ここには沢山の日本人観光客が来ています.
 さて,Puthmeeさんとの共同研究は,主に果実の生理障害,特に収穫後の生理障害について進めて行く予定でいます.果実の生理障害については,現在チェンマイ大学とも共同研究を行っているので,チェンマイ大学を含めたトライアングルでの共同研究を実施できれば良いと考えています.


          
     【左】ラジャマンガラ工科大学タワンオク校は蓮の研究で有名で,日本にもない立派な栽培実験施設を持っている.
     【右】シラチャーの海岸.パタヤなどに比べると余り観光客はいないが,ホワイトサンドのビーチが続いている.


 ただ,ラジャマンガラ工科大学タワンオク校は,チェンマイ大学,キングモンクット工科大学トンブリ校,カセサート大学などと比べると,実験設備の面ではかなり見劣りがします.そこで,今回は,JASSOから支給される帰国外国人留学生のための研究指導経費(上限10万円)を用いて,基本的な実験機器,試験管ミキサー,ホットプレートスターラー,アルミブロックなどを購入しました.これらの機器は果実成分を抽出する際にどうしても必要な機器になります.逆に言うと,こういったシンプルな機器がある程度揃っていれば,ある程度のサンプル調整が可能となり,それ以上の分析機器が必要な場合には,カセサート大学や日本の大学にサンプルを持って行って分析することが出来るようになります.ですから,今回の研究指導経費は少額ではありましたが,私達の共同研究を実施する上では,非常に有り難いものでした.バングラデシュとの共同研究もそうですが,アジア諸国との国際共同研究には常にこういった問題がつきまといます.実際,タイなどはかなり恵まれている方で,大きな大学であれば実験設備はかなり揃っていますし,場合によっては日本の地方大学よりも優れた設備を持っていることもあります.
 ですから,国際共同研究を実施する際には,先ず相手側の設備・経済状況を理解し,ある程度それに合わせた研究計画を立てる必要があります.これはある意味「英語」以上に難しい問題で,慣れるまではかなり時間もかかりますが,コツを掴むと,却って「いかに乏しい設備の中で仕事をするか?」という創意工夫が生まれてくるので,楽しい面もあります.こういう時に大いに役立つのは,現在自分が行っている機器分析ではなく,自分が学生や院生時代に覚えた今では結構レトロなテクニックです.今でも「あの頃,こういうことを覚えておいて良かったな」と思うことが多々あります.


         
    【左】JASSOのJENESYS2009,2010プログラムで山形大学農学部に短期留学した元留学生と久し振りの懇談
    【右】2014年度に当研究室に短期留学したカセサート大学理学部のTeerapat君と久し振りの対面.現在は博士課程に在学中.


 さて,今回の帰国外国人留学生研究指導事業では,大学訪問の他に,過去に山形大学農学部に留学した経験のある方々と久し振りに懇談を持つ機会を得ることが出来ました.特にJASSOが2009,2010年に実施したJENESYSプログラムでは,タイから計5名の短期留学生を本学部に招聘し,半年間様々なプログラムを経験して頂きました.ここで学んだ5名は,既に全員が社会人となっていますが,皆さん各分野で活躍をしておられ,当時このプログラムの責任者を引き受けた私としては,久し振りの再会は本当に嬉しかったです.現在では,JENESYSプログラムで受け入れた5名のうち,2名がタイの大学の教員として働いています.その中の1名は,JENESYSプログラムが終了してから改めて文部科学省の国費留学生に選ばれ,本学部で博士号の学位を取得しました.
 また,2014年度に当研究室で受け入れたカセサート大学理学部のTeerapat君は,その後カセサート大学の博士課程へ進学し,学んでいます.このように,国際交流は人材育成ですから,それが直ぐに結果になって現れることはありませんが,時を経て人材が育つと日本との架け橋として非常に重要な存在になってきます.現在,本学でも日本人留学生や外国人留学生の増加に向けた様々な取り組みを行っていますが,10年,20年先を見越した長期的なビジョンで国際交流を続けて行くことが重要であると思います.


         
【左】カセサート大学理学部の研究室.雑然としているのはどこの国も同じです
【右】カセサート大学農学部カンペンセーン校.バンコクから80kmくらいの郊外にあり,広大なキャンパスを誇っています.写真はイスラエル製の温室.

         
【左】カセサート大学農学部カンペンセーン校の正門.
【右】日本で学位を取得したカンペンセーン校の先生方.左端は現在日本の大学から留学して学んでいる学生.20代の時に是非こういう経験をして欲しい


 さて,タイの大学に行くと,日本で博士号を取得した方が非常に多いことに驚かされます.同じことは中国,バングラデシュ,インドネシアなどでも言えますが,その多くは国費留学生として日本の大学で学んだ方々で,日本の政府が長年に渡って財政的支援をしてくれた成果であると思います.残念ながら日本では近年博士課程に進学してもパーマネントの職を得られず,所謂ポスドクで過ごす年数が長くなるなど,博士課程への進学意欲を削ぐような事例が多くなってきたこともあって,徐々に日本人学生の博士課程への進学率が下がってきていますが,東南アジアや南アジアの国々では,より高位の学位を持っているほど就職できる可能性が上がるなど,日本とは少し事情が異なるせいもあってか,まだまだ進学熱は高いようです.もっとも,それは国費留学生に当てはまることであって,私費留学ですと,日本の大学は授業料や入学金の負担が非常に大きいため,よほど裕福な家庭の出身でないと,なかなか私費での留学は難しいのが現状です.
 ただ,国費留学は国の財政的な問題もあり,大幅に増やすのは殆ど現実的ではありません.国はJASSO,JST,大学の国際展開力強化事業のような,短期交換留学に力点を置いたプログラムにも予算を配分しているので,これからは日本で博士号を取得する留学生数は減って行くかも知れません.こうしたことは,アジア諸国との国際共同研究を重視している研究者にとってかなり大きな痛手で,当研究室の国際共同研究も,今後どのようになって行くのか,見通し出来ない部分も結構あります.ともあれ,現状を嘆いてばかりもいられないので,先ずは予算確保に奔走した上で,今後も元留学生と引き続き国際共同研究を実施できることを願っています.
 また,こうした国際共同研究を続けて行くためには,若い学生諸君の手助けが是非とも必要です.少し前には,なかなか留学したがらない学生が増えてきたことが問題となり,国も日本人学生の留学に力を入れるようになってきたため,最近では少しずつ状況が改善されつつあるようですが,カリキュラムや治安の問題等もあって,海外留学,特に東南アジアや南米諸国の大学に留学する日本人の学生数はまだまだ少ないようです.

 
         
【左】キングモンクット工科大学トンブリ校の実験室.日本の大学と同程度の研究設備が揃っている.
【右】地方にあるコミュニティーカレッジのパソコンルーム.タイの地方都市では社会人や少数民族のための職業訓練校も沢山あり,社会人向けに土日にも授業を行っている.特にSocial ScienceやAgricultureに力を注いでいる.

 しかし,私の経験で言えば,欧米に留学するよりもアジアの方が使っている英語も易しいですし,文化的に近いせいかこちらの思いが伝わりやすい傾向にあるようです.特にタイなどは仏教国で,文化的にもより日本に近く,日本のポップカルチャーや食材が溢れている(日本の大手チェーン店や人気の食べ物などは大抵ある.ホテルによっては山形では見られないTV東京までリアルタイムで映る所すらある)ので,生活するのに余り不便さは感じないはずです.欧米に比べれば物価も安いですし,日本との時差も僅かですので,スカイプなどを使えば家族や友人との会話も簡単にできます.また,アジア諸国の経済規模が拡大するに従い,今後は今以上に日本との経済的結び付きが重要となってくるので,こういう点を考えれば,留学先としてアジア諸国を選ぶことも重要な選択肢の一つであると思います.


         
【左】地方,特にタイの山岳部では王室プロジェクトやキングプロジェクトと呼ばれる王室や王族が進める生活改善プロジェクトも多く,イチゴやコーヒーなどの栽培や魚の養殖などを行い,地域の特産物開発に役立てている.
【右】今回の帰国外国人留学生研究指導事業の一環として実施した学生への特別講義の様子.


 今回の帰国外国人留学生研究指導事業では,本学部と交流協定を持ついくつかの大学を訪問し,国際共同研究や学生の国際交流について意見交換出来たことは,非常に有意義で実り多い物でありました.また,個人的には休日のスチューデント・デイを利用して,タイの大学の先生方と地方の小中学校を訪問し,プレゼントを渡すボランティア活動が出来たことは,先生方との親睦を深める上でも大いに役立ち,この機会を与えて頂いたJASSOに対しては,この場をお借りして,改めて御礼申し上げる次第です.


           
【左】スチューデント・デイでは,学校はどこもお祭り騒ぎで終日賑わう.
【右】トルバムナス(Solanum torvum)を入れたグリーンカレー.トルバムナスは普通のナスと違って一つの場所に花を沢山付け(花房),小さな実が鈴成りになる.今ではタイでも(特に若者は)トルバムナスを余り食べないとのこと.園芸学ではこういう食材や料理方法を調査することも重要な勉強となる.