山形県内の在来野菜に関する研究
Studies on Indigenous Vegetables in Yamagata Prefecture


 山形県内には,いわゆる「在来野菜」とか「伝統野菜」と言われる野菜が沢山あります.中でも最も有名なのは「だだちゃまめ」で,山形大学農学部附属フィールド科学センター(旧附属農場)や育種関連の教員が中心となって新しい品種の開発を行っています.
 当研究室は野菜園芸学の研究室ですが,残念ながら山形県内の在来野菜の育種は行っておりません.研究は専ら分布調査や生理・生態,貯蔵などに関して行っています.
 だだちゃまめに比べると全く認知度は高くありませんが,山形県内には他にも数多くの在来野菜があります.その中でも,私達が今まで研究材料として扱ってきたのは,マクワウリとダイコンです.

1.早田瓜(わさだうり)に関する調査と研究
 マクワウリに関しては,庄内地方(山形県の日本海側)に温海温泉という有名な温泉があり,そこから少し南に下り,新潟県との県境が近付いてくる辺りに,早田(わさだ)地区という所があります.ここで古くから栽培されている瓜も早田瓜と呼ばれるマクワウリがあります.
 早田瓜について最初に研究したのは,当研究室の教授でもあった青葉 高先生で,早田瓜は大正時代に北海道の松前で作られていたミカンウリと呼ばれるマクワウリが庄内地方に伝わり,従来からあった銀マクワと交雑してできたのだろうと著書の中で書かれています.当時は松前ウリと呼ばれて,初めは温海町の小岩川辺りで栽培されていたものが,徐々に早田地区や大岩川地区に伝わり,早田瓜と呼ばれるようになっていったようです.

早田瓜の栽培 収穫した早田瓜の果実

 早田瓜は成熟期になると表面銀ねず色の「縞模様」ができることが特色です.このように縞模様ができるマクワウリは,鶴岡市と隣接する新潟県村上市などでも栽培されています.
 果皮は非常に固く,日持ち性も良いので,収穫してから仏壇に長く供えておけるなど,かつてはそれなりに重宝されていたようですが,プリンスメロンを経て,アンデスメロンのように手軽に手に入るネットメロンが出回るようになってからは,殆ど見かけることはなくなってしまいました.鶴岡市内でもスーパーなどで売られることはほぼなく,時折,温海温泉の朝市などで見かけるくらいです.
 そんな早田瓜ですが,メロン研究者に取っては,興味深いいくつかの特徴があります.
 まず,形態的に見ると,早田瓜は心皮が3〜6枚もあり,5枚のものが最も多く,夜の温度が低いと5枚が,高いと3〜4枚が増加する傾向にあるという点です.これらはかつて当研究室におられた斎藤 隆先生や金浜耕基先生の研究成果によるものです.
 心皮というのは,雌しべの中の構造の一つで,収穫期に果実を横断するとちょうど「葵の御紋」のように種子を被っている部屋のように見える部分のことを指します.メロンのような植物は被子植物と呼ばれますが,被子植物の雌しべは,そもそも葉が胚珠を被うようにして進化してできたものだと考えられています.被子植物の場合,胚珠は受精してやがて種子となりますが,この種子を被っているのが心皮です.例えば桃のように中に一つしか種子がない果実では,1枚の心皮からできていますが,複数の種子がある場合には心皮も複数になることが多く,こういう心皮は合生心皮と呼ばれています.メロンは合生心皮を持ちますが,通常は3枚の心皮から出来ており,心皮が5枚もあるというのはかなり珍しいメロンです.

早田瓜の胎座 プリンスメロンの胎座

 また,普通メロンは「主枝」(親づる)には雌花が着き難い性質が強いので,メロン栽培の時には孫づるなどに着花させることが多いのですが,早田瓜の場合は親づるにも雌花が着く性質があります.
 更に,アンデスメロンやプリンスメロンなどは,クライマクテリック型果実と呼ばれ,成熟期になるとエチレンを大量に生産して,果実が軟らかくなって行くのですが,早田瓜の場合は,収穫期になっても殆どエチレン生成量が増加せず,果実もなかなか軟らかくなりません.その一方で,プリンスメロンなどと同様,果実の「へた」の部分,つまり果実が蔓に付いている部分は受精してから1ヶ月ほどで亀裂が入り,果実は蔓から離れるようになるので,収穫期は直ぐに分かります.

早田瓜の雌花 早田瓜の雌花

 このように,早田瓜は植物学的に見てもなかなか興味深い特徴を持っていますが,近年では栽培する人も少なくなり,このままだと,近い将来せっかくの地域遺伝資源が消えてしまうかも知れません.そこで,本学部では,こうした在来作物に関する調査・研究,保護・系統保存,講演会などを通した宣伝活動などを行っています.特に,山形在来作物研究会はこうした取り組みの中心となって活躍しており,研究会誌SEEDの発刊,本の出版,講演活動などを行っています.
 興味のある方は,以下のURLを是非ご参照下さい(学外サーバーなので,リンクは貼りません.URLをコピーしてお使い下さい).
http://blog.zaisakuken.jp/

2.山形県内に残る在来ダイコンに関する調査と研究
 山形県内には今でも在来のカブが多く残っていますが,かつてはダイコンも多く残っていました.青葉先生の著書「東北の野菜風土誌」によれば,県内には17種類の在来ダイコンが残っているとされていました.青葉先生の著書が出版されたのは1970年ですから,40年前までは確かにこのくらいのダイコンが残っていたのでしょう.ところが,その後の一般品種の普及や農家の高齢化,日本人の食生活の変化などとと共にこうした在来ダイコンは急激に姿を消し,どのくらい残っているのか分からなくなってしまいました.そこで私達の研究室では,2005〜2006年にかけて県内各地を訪ね,在来ダイコンの栽培状況を調査しました.
 その結果,青葉先生の記述したダイコンを再確認できたのは6種類だけでした.中には,「在来ダイコンがある」という情報を頂き,調査に伺ったところ,栽培者が故人となっており,結局種子が残っているのかさえ分からなかったものもありました.旧藤島町に残る豊栄ダイコンも確認できましたが,これは一度栽培が途絶え,再選抜されたもので,これを入れても7種類しかありませんでした.6種類のうち野良ダイコンと弘法ダイコンは自生しているダイコンで,通常食料として利用されることはありません.かつては飢饉の時の救荒作物というような位置付けでしたが,デンプン含量が多く,少なくとも生食用に適した物ではありません.

「東北の野菜風土誌」(1970年,青葉 高)に紹介された山形県内の在来ダイコン(丸印)と,2005〜2006の調査で再度確認された在来ダイコン(赤丸)

 こうした在来ダイコンに関する一連の調査・研究は,当研究室の修士課程に在籍していた(旧姓)島村景子さんが精力的に県内を歩き回って行ってくれました.以下に,島村さんの調査結果について記載します.

 下の写真は島村さんが集めてくれたダイコンの写真です.これ以外にも「豊栄(ほうえい)ダイコン」というダイコンが入手できましたが,これは一度栽培が途絶えてしまい,現在再選抜中のダイコンであるため,調査項目からは除外してあります.

今回の調査で集めることが出来た山形県内の在来ダイコン
左から,弘法ダイコン,野良ダイコン,小真木(こまぎ)ダイコン,花作(はなつくり)ダイコン,肘折(ひじおり)ダイコン,梓山(ずさやま)大根

早田瓜に関する主な著書・論文

  1. 西沢 隆.2013.早田瓜(わさだうり)のはなし.杉葉堂印刷.p.1-42.
    ご希望の方には無料で配布しています.お気軽にお問い合わせ下さい.
  2. 西沢 隆・伊藤彩香.2003.早田ウリの特性を調べる.山形在来作物研究会誌(SEED).1:18-20.
  3. 西沢 隆・伊藤彩香・伊藤政憲.2004.メロン‘プリンス’と比較した山形県在来マクワウリ‘早田瓜’の生長,形態および生理的特性.園芸学研究 3(4): 399-403.
  4. Nishizawa, T. and A. Ito. 2007. Analysis of cell wall polysaccharides during storage of a local melon accession ‘Wasada-uri’ compared to the melon cultivar ‘Prince’. Journal of Horticultural Science and Biotechnology 82(2): 227-234.