倍数性進化とは?


 倍数性とは、核の中に、生物が生きるために必要な最小限の遺伝子を持つ染色体のセット(これをゲノムといいます)を、複数もっている性質のことをいいます。

 たとえば、ヒトは23対(=46本:相同の染色体2本で1対)の染色体をもち、この染色体のうち1対でもかけると、生存できないか、あるいは重大な障害を引き起こします。したがって、ヒトは23対の染色体からなるゲノムを1つもつ、ということになります。




ヒトの染色体の模式図
生存に不可欠な23本の染色体セットを2つもっているので、23対の染色体からなる(相同の染色体が2本で1対と数える)1つのゲノムをもつことになる 。通常、体細胞は23本のセットを2つもち、精子や卵などの生殖細胞は減数分裂により1セットに減った染色体をもっている。


 コムギの場合、生存に必要な最小限の染色体セット(ゲノム)は7対の染色体です。このような1ゲノム分の染色体をもつコムギには、現在ではほとんど栽培されていない古いコムギである一粒コムギや、西アジアに生える雑草であるクサビコムギタルホコムギなどがあります。また、コムギに近い仲間であるオオムギやライムギも、このような1ゲノム分の7対の染色体をもっています。

 ところが、私たちが普段よく食べている、パスタやピザ生地をつくるマカロニコムギは、染色体を14対もっています。また、世界で最も多く栽培されているコムギであり、パンやうどんの材料となるパンコムギは、染色体を21対
ています。コムギにとって必要最小限な染色体セット(ゲノム)は7対ですから、マカロニコムギは2つのゲノムを、パンコムギは3つのゲノムを持っているということになります。(下図参照)



3種のコムギ染色体の模式図


 生存には1つのゲノムだけでよいのに、マカロニコムギやパンコムギは、なぜ複数のゲノムを持っているのでしょう。実は、それは、これらのコムギが、いくつかの種がかけ合わさり、染色体の数が倍になることによってできた雑種(専門用語では“異質倍数性種”といいます。)であるからです。2つのゲノムを持つマカロニコムギは、それぞれ1つのゲノムをもつクサビコムギと一粒コムギを祖先に持ち、3つのゲノムを持つパンコムギは、2つのゲノムをもつマカロニコムギと、1つのゲノムをもつタルホコムギを祖先に持っているのです。このような倍数化と栽培化が複雑に組み合わさることにより、コムギは美しく絡み合った見事な進化の流れの糸を織りなしているのです。(下図参照)


コムギの進化の模式図


 
 これらのコムギの進化は、日本が生んだ偉大な遺伝学者である木原均博士らの研究により発見されたものです。木原博士によりパンコムギの持つ3つのゲノムには、一粒コムギ由来のゲノムに、クサビコムギ由来のゲノムに()、タルホコムギ由来のゲノムに、という記号がそれぞれ付けられ、現在でもその名称が世界中で使われています。(:クサビコムギのゲノムは、他のコムギのBゲノムとは少し違うのでSゲノムと呼ばれます。Bゲノムの由来については、クサビコムギではないという説もあり、未解明のテーマの一つになっています。しかし、少なくともクサビコムギに近い仲間であるということは疑いないとされています。)


 このようなゲノムの数が変わることにより新しい種ができるような進化を“倍数性進化“とよび、生物進化、特に高等植物の進化に非常に重要な役割を果たしてきたといわれています。高等植物では、約7割の種が、倍数性種であるとも言われています。その中でも、コムギは、アブラナ、綿花などとならんで、倍数性進化の研究がもっとも進んでいる植物の一つなのです。

 倍数化が起こるとゲノムの中の遺伝子はどうなるのでしょう。たとえば、パンコムギでは、生存のためには1つあればよい遺伝子が、全部で3つあることになります。 1つは生存に必要な今までの機能を果たすとして、残りの2つの遺伝子はどうなるのでしょう。もとの機能を維持したままなのか、それとも不要となって機能を失ってしまうのか、あるいは違う機能をもった新しい遺伝子に変わっていくのかもしれません。私たちは、 コムギの倍数性進化を調べることにより、ゲノムの変化、遺伝子の改変という、生物進化のダイナミズムにアプローチしていきたいと考えています。



Copyright 2010, Laboratory of Plant Breeding and Genetis, Yamagata University. All Rights Reserved.