山形大学応用メタボロミクス研究分野(及川研究室)

Keywards研究キーワード

代謝(metabolism)

生体内における化学反応のことであり、エネルギーを消費して生体構成要素 を生合成する同化(anabolism)と、大きな分子を消費してエネルギーを生産す る異化(catabolism)から成る。前者には光合成などによる炭素同化やア ミノ酸(タンパク質の構成成分)の生合成が挙げられる。一方後者には、解糖系や クエン酸回路などによるエネルギー(ATP)の合成が含まれる。

代謝物(metabolite)

生体内で生合成される低分子化合物のこと。生体の構成要素やエネルギー生成 に関わる一次代謝産物(primary metabolites)と、主に植物や菌類が生産する 色素やストレス防御物質などの二次代謝産物(secondary metabolites)から成 る。前者にはタンパク質を構成するアミノ酸や細胞膜を構成する脂質、エネル ギー代謝に関わる糖リン酸や補酵素などが、後者にはカロテノイド類、フラボ ノイド類、テルペノイド類などの化合物が含まれる。動物や微生物には数百か ら数千、植物には数千から数万種の代謝物が存在すると考えられており、合計 では数十万種以上あると想定されている。またその物理化学的性質は、極性や 水溶性、分子量などについて多様である。

メタボロミクス(メタボローム解析)(metabolomics)

代謝物の網羅解析のこと。従来の1種または数種の代謝物に注目して定量解析 する手法(ターゲット解析とも呼ばれる)とは異なり、出来るだけ多くの代謝物を 網羅的に検出することを目的としている。そのため、定量性より定性性に重点が置 かれる傾向がある。主に、質量分析装置(MS; mass spectrometer)や核磁気共鳴装 置(NMR; nucleic magnetic resonance)が用いられる。代謝物の物理化学的性質が 非常に多様であるため、網羅性を高めるためには複数の分析装置を用いる必要がある。 また、得られるデータ量が膨大であるため、データ解析には特別なソフトウェアや、 多変量解析などの統計解析手法が用いられることが多い。

Research主な研究内容

1.ダダチャマメメタボロミクス

1−1.ダダチャマメ香気成分2-acetyl-1-pyrolline生合成経路の解明

山形県鶴岡市特産のエダマメ‘ダダチャマメ’は、甘味や濃厚な旨味だけでなく、 独特の香気成分を持っていることが知られている。この香気成分は東南アジアなど で栽培されている香り米の香気成分と同じ2-acetyl-1-pyrolline(2AP)であること が分かっているが、その生合成経路についてはまだはっきりと分かっていない。本 研究では、2APを持つダダチャマメと持たない他のエダマメの網羅的な代謝解析や、 生合成に関わる酵素活性の探索によって、2AP生合成経路を特定することを目的とす る。これらにより、2APを多く含むエダマメ品種の育種に役立つことが期待される。 また香り米との比較により、イネとダイズの違いについても検討したい。

1−2.外部環境がダダチャマメの風味に与える影響の解明

ダダチャマメは風味の優れたエダマメであるが、近年、年次間差異や栽培畑間差異 が問題となっており、ブランド力の低下が懸念されている。これらは栽培土壌や生育 または収穫時の天候などに左右されることが知られているが、詳細な風味との相関に ついてはまだ良く分かっていない。本研究では、同一品種内、収穫場所(土壌)や 収穫期の天候(気温、湿度、天気など)の異なるダダチャマメや土壌をメタボローム解析に 供することにより、風味に関わる成分を中心とした代謝物と外部環境の相関関係を明ら かにする。これにより、より美味しいダダチャマメを作るための土壌や収穫時の天候が 明らかになり、ブランド力の維持や農業技術の開発につながることが期待できる。

2.果樹メタボロミクス

2−1.メタボロミクスによる果樹病害機構の解明

果樹における病害は,収穫量を減らすだけでなく果実の外見を損なうことによって商品価値の低下も招くため, 商業的に大きな不利益をもたらす.従来は,抵抗性の品種との交配による新品種の開発や農薬の散布,感染部分の切除, 果実の袋かけなどによって防除しているが,抵抗性品種のない病気や既存の農薬に耐性を示す病原菌などへの効果的な 対応が待たれている.本研究室では,セイヨウナシ輪紋病とリンゴ黒星病をターゲットとし,感染/非感染時における 果実内成分の変動をメタボロミクスを用いて明らかにしすることを目的としている.セイヨウナシ輪紋病は果実に特異的な 同心円状の輪紋が現れる病気であり,糸状菌(Botryosphaeria berengeriana)の 感染により,主に追熟中の果実において発生する.本研究では,感染による果実成分の変動に加え,特徴的な輪紋部分に含まれる 化合物の解明も目指す.

2−2.オウトウまたはサクラの枝や芽に含まれる成分の解明

オウトウは落葉樹であり,冬期は芽を残した姿で過ごす.その後の気温の上昇により,花と葉が同時期に芽吹くが,芽の段階では 外見にほとんど差がない.本研究では,主に冬期における芽に含まれる成分の変動を明らかにすることにより,オウトウの花芽と 葉芽の低分子レベルにおける差異の解明を目指す.また,芽に加え枝に含まれる成分の,外気温や光条件の違いによる変動も明らかにする.

3.クッキングメタボロミクス

3−1.加熱調理中の成分変動

食材の多くは加熱などの調理後に食される.これまで調理による食品成分の変化については,いくつかの栄養成分のみに注目されてきた. 本研究では,調理中の成分変動をメタボロミクスによって明らかにすることを試みている.味を濃厚にするだけでなく体を温める酒粕は, 冬期に粕汁などの汁物に添加して食される.酒粕には多くの機能性成分が含まれていることが知られているが,その多くは調理前の酒粕を分析した結果であり, 実際に食す調理後の酒粕における成分含量についてはあまり分かっていない.そこで,酒粕に含まれる成分含量の加熱時間による経時変化を調べている. 同時に,味噌と同時に加熱した際における成分変化についても調べている.

3−2.ドライフーズのメタボロミクス

ドライフーズは食品の長期保存などに優れているだけではなく,生食の場合と比べ独特な風味が生まれることも知られている.従来は天日干しなどにより製造されていたが, 現在では乾燥機などで作られている.乾燥中には温度や乾燥などにより元の農産物に含まれる成分が変動していることが考えられるが,これまであまり分かっていなかった. 本研究では柿や生姜などを対象とし,乾燥中の成分変化や品種による違いを明らかにすることを目的としている.

4.その他のメタボロミクス

4−1.単一細胞メタボロミクス

代謝物は細胞内で“適材適所”に局在し、環境の変化などによって細胞内オルガネラ間または 細胞間を移動していると考えられている。しかし,通常の細胞は非常に小さく、より小さいオルガ ネラにおける代謝物を直接検出することは困難である。そこで本研究では、巨大な細胞を持つオース トラリアシャジクモに安定同位体を用いた代謝フラックス解析を応用することにより、細胞内にお ける代謝物動態を明らかにする。これにより、これまで教科書などで描かれていた細胞内代謝の図が 書き換えられる可能性がある。