山形大学農学部

文字サイズ

21世紀の農学

21世紀に向けての「農学」の基本課題を我々は次のように考えている

(1) 持続型・環境調和型生物生産に関する科学と技術の深化

現在の多収穫農業技術は化学肥料、農薬、化石燃料の多用によって達成された。これによって、現在の地球人口は支えられている。
しかし、化学肥料と農薬の多用は、環境と資源・エネルギ-の両面から、このまま継続はできない。だが、現状で化学肥料や農薬の使用を停止したら、食糧生産量は大幅に減少する。食糧需要の増大が確実視されている現状では、化学肥料や農薬の大幅減少は困難である。
そこで、将来に向かって、化学肥料の投与量を減少させても収量減の少ない作物の育成や、生物農薬への転換など生態系と調和した環境保全型の農業技術の開発が進められている。同様に、漁業生産では資源管理型漁業、林業では生物的・森林の機能的多様性を考慮した新しい環境保全型林業への転換が求められ、進められている。人類社会の生活基盤である衣食住の基本となる生物生産において、持続型・環境調和型の科学技術の確立が重要な課題となっている。

(2) 生物機能の開発・応用に関する科学と技術の発達

生物機能の開発と機能物質の制御・応用に関する科学技術であるバイオテクノロジ-は、21世紀の最も期待される科学技術のひとつである。これによって、新しい機能を持った新作物品種、新家畜や新魚介類の育種、新機能食品や生物農薬・新医薬品の開発、廃棄物・ゴミなどの再処理・リサイクル技術の確立など、多くの問題の解決に展望を開くことができる。生物の機能を利用する技術は生態系を大きく乱すことはなく、環境を保全しながら生産を行う最適の方法であり、21世紀はこのような科学技術を発展させなければならない。

(3) 自然生態系 (環境) の保全・活用と調和した科学と技術の推進

20世紀は産業開発や大規模農地の開発などによる自然生態系破壊の時代であった。 21世紀は自然生態系の保全と再生・修復の時代でなければならない。熱帯林の破壊・減少、酸性雨による北方林の衰退、耕地の砂漠化や塩類集積などによる土壌の劣化、水質汚濁・海洋汚染などによる水産資源の減少など地球規模の環境問題は深刻化するばかりである。 地球上の生態系破壊は人間活動によって急速に進行している。自然生態系の保全と再生・修復に関する科学技術は、自然災害防止に関わる国土保全技術と併せて、地球規模においても、地域においても今日最も重要な課題である。 生物資源は化石資源と異なり、持続的に利用でき、再生可能な循環資源である。こうした生物資源の有する特質を有効に活用し、生物的多様性と環境の保全・再生のための科学技術の発展を図ることは農学の最重要課題である。

(4) 農学は 「生命科学」として、医学等との提携分野での発展が一層必要である

生物の利活用を最も得意とする農学は、生物それ自体としての利用ばかりでなく、その部分的な機能や生命活動のシステムを活用することを可能とし、医学との関わりでは、医療開発用の実験動物の創出、胚移植技術、人工臓器など先端医療技術への寄与がある。また、人間の病気の原因は感染性病原体のみではないことが知られている。 21世紀には人々の自然志向、精神安定、生活の多様化、ゆとりある生活へ向けての要求を満たすことが、人間の健康を維持する上でも重要な課題である。さらに、都市化、高齢化、核家族化社会における孤独感の高まりの中で、伴侶動物の位置と役割も重要となっている。観賞用の植物や魚種の開発、ペットの研究や活用は21世紀の人類にとって欠かせぬ分野となろう。

(5) 21世紀には、人間の総合科学として農学の社会的役割が益々高まる

農学は人間の食糧・衣料・住居の必要を満たすために必要な 「農林水産業」の発展を可能にする学問であるばかりでなく、農学の有する融合性と総合性を積極的に活用し、広く地球を足場に生きる 「人間の総合科学」としての役割をも発揮していく必要がある。 21世紀には、これまでの工業中心・都市中心の考え方を反省し、農業と工業のバランスのとれた発展、都市と農村の複合的発展こそが人間社会のあり方として自然で合理的であるという方向への転換が重要である。 自然科学分野と人文科学分野との協力により、持続的発展を可能とする総合的な人間社会形成の方策を提示することは、21世紀における農学の使命といえよう。

次ページ:農学発展のため具体的課題(施策)